2003年12月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■季節はずれのルナサ現象?

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 今月は、恐らく、リバーダンスの回想やケルティック・クリスマスの話題で 持ちきりだと思うが、私はリバーダンスも見られなかったしケルクリに行く予 定も今のところ無い(寂し・・)ので、いつものペースで身の回り半径地下鉄 2駅分ぐらいの範囲の話題でお許しを〜。  

 面白い若者たちが出てきた。探す気で探せば、全国にはこういう人たちが けっこう存在するはずだとは思っていたが、なんとまあ彼らはこの京都に生息 していた。まったく灯台もと暗しだった。

 それは〜    ルナサ完全コピーバンド! の皆さん   

 極端に言えば、彼らはアイリッシュ音楽の事をほとんど知らない。ただ、た またま手にして猛烈に気に入ったCDがルナサだったということ。そして、たま たま楽器ができる仲間がいてコピーを始めた。楽器はバイオリン、ギター、 ウッドベース、ケーナ。  私は人づてに彼らの存在を知って、一度fieldセッションに遊びに来るように 伝えてもらった。そして、彼らはやってきたのだ・・・。

 彼らがルナサを演奏 するに至る経緯を考えると当然なのだが、彼らはセッションというものを全く 知らなかった。楽器を抱えたまま困ったような面もちで音も出さずに座ってい る彼らに、

「いつも、自分たちがやってる曲をやってよ」

 と水を向けるや否や! 一気にもの凄いソリッドなルナサ・サウンドが炸裂し た。あっけに取られたまま、私たちも知ってる曲だったので一緒に合わせよう とした。しかし、まんまCD通 りのアレンジでブレイクやセクション、転調なん かがめまぐるしく入って来てとても合わせられないよー。  

 でも、そういう彼らに対してある意味懐かしく好感が持てたのも正直な所 だった。何年か前の自分も確かにこういう感じがあったかなあという感慨もあ るにせよ、何というか、ルナサというアイリッシュのグループがすでにアイル ランドの民謡という要素を意識せずに聴かれ、感動を呼び、真似をしたいと思 わせた事実。また、それにまったくの直球で反応した彼らの姿勢が気持ちい い。そういう感動に対するどん欲さと、ある意味若者の特権でもある軽さ。そ の感性がたまたまルナサに引っかかったんだという事に色々と想像を巡らして いるだけで思わずニンマリしてしまう。  

 私の記憶の限りでは・・・・

「実は民謡的なものがまったく新しい音楽として創り変えられてそのカッコ良 さに打ちのめされた!」  

 と言えば、さしずめチックコリアの16ビート・サンバが登場した時代を思い 出すのだが・・・・(結局フュージョンか?)。

 あんな風に新鮮でカッコいい!  きっと彼らはルナサに同じような夢を感じているに違いない、などと想像す ると何とも懐かしいというか、嬉し恥ずかし感を伴って無条件に彼らに声援を 送ってしまうというものなのだ。  

 この先、彼らの感性はアイリッシュに留まる事にはこだわらないだろうし、セッションに参加できなくて悩む事もないだろう。それだけの真っ直ぐさが、 彼らの感動と表現の間の直結具合に現れている。彼らの直球勝負を見るにつ け、アイリッシュ音楽は別 に特別なものではなく、ただ「音楽」なんだという 当たり前のことを実感させられる。    

 一部のアイリッシュ・ファンは嘆くかもしれない。セッションにまともに参 加できない彼らを評価するどころか邪魔者扱いする意見が出て来る恐れが無い とは言えない。  ただ、この日のセッションで、彼らが堂々とぶちかましたルナサ完全コピー のサウンドは、fieldセッション始まって以来最大ではないかと思える程の、遠 くの席で別に演奏を聴いている風でもなかった一般の飲み客からも一斉に盛大 な拍手が送られてしばらくの間鳴りやまなかったのだった。  

 「そりゃあ、ルナサのモノマネをしたんなら一般人にもウケるでしょうよ」 なんて言ってるあなた! 

 それは年寄りのボヤキというもんでっせ。

  <洲崎一彦:Irish pub field 今年は充電、充電とこだわり続けた1年でした が、いくら充電してもシマリが無くなると放電、放電で垂れ流して年の瀬。>      

*****

 

 

2003年11月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■field アイ研の長〜い1日

■                         field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 さて、今月は『リバーダンス』関連の話題で持ちきりだと思うが、その『リバーダンス』大阪公演の頃、ワタシら fieldアイルランド音楽研究会(以下ア イ研)のメンバーは突然舞い込んだとある大学の学園祭メインステージでの演 奏依頼にあたふたと慌てていたのであった。というのも、日程的にアイ研メン バーの中堅以上の人々の参加が絶望だったからだ。頼みのお祭り人間イクシマ ぶちょーも没と来ていよいよ窮地に陥っていた。  

 「にぎやかにお願いしますねえ〜」 なんて、女子大生に言われて、でへへへ〜なんて安請け合いしたもんやから、 2〜3人のユニットで行くわけにもいかん。こういう時のためにアイ研には  「とにかく実行するぞ!」 の実行委員長U君が存在する。さっそく、臨時実行委員会を招集! 

 うーむ、 実行犯はこれだけか・・・なんとか集まった7名の若き戦闘員(内おっさん1 名)で作戦会議に入る。U君を中心に何とかかんとか60分のプログラムとチュー ンを組み立てて、さあ練習はどうする? 

 1回できたらええとこやな。それぞ れが責任をもってリードするチューンを分担しておいて、誰かがコケてもそい つについていったら何とかなるという様にしとくというのはどうや? 等々色々 な迷案が交錯したまま、本番当日11月某日を迎えることになった。  

 最近の学園祭ってすごい!! 本格的に組み上がった野外ステージにカクテ ル照明!! 出番は日没後だったので、そのとんでもない照明のお陰で客席は 暗闇にしか見えない。お客さんがどれぐらいいるのかちょっとよくわからない ぞ! こんな広いステージ! 7人の侍は横1列に並ぶしかない。が、これは 明らかに間違っていたのだ。いつもセッションで輪になって演奏している人間 が1列になってしまっては、お互いの顔を見合う事もできないし、アイ・コン タクトができるのはせいぜい両横の人間だけ・・・。おまけに、この度の少年 兵たちはただでも戦闘経験が乏しい。ヘタしたら初陣の奴もおったかもしれん。 自衛隊がイラクへ行くより厳しいぞ、これは。  

 しかし、ひとたび舞台に上がれば、死力を尽くして戦うのがわれわれの本分 でアリマス。中だるみはあったものの、後半で一気にアホアホのリール攻撃を ぶちかまして活路を開く。なぜ、アホアホなのかというと、普通 のセットでは だいたい一番ラストに持ってくるようなチューン(〈フェアウェル・トゥ・エ イリン〉とか〈グラベル・ウオーク〉とか)だけを5本連続でメドレーに組ん だ。知った人が聴けば大笑いだろうが、一般 の敵にはこれぐらいぶち込んでも 効き目があるかどうかわからん。とまあ、こんな具合に死闘を終えてわれわれ はセッションを1時間後に控えた基地(field)に帰還したのだった。  

 が、基地では、また別の事変が勃発していた。3Fのスタジオでは機材マニア のアニメ君がマイクやケーブルを抱えてあくせく動き回っている。あ、そうだっ た! 忘れていたわけではないが、今夜は、京都にいる友人氏に呼ばれて、東 京にいたパット・オコナー氏が field STUDIO にやって来るのだ。友人たち数 人集めてプライベート録音をするという企て。エンジニアのアニメ君はこの日 のために用意したスペシャルなマイクを大事そうにセッティング。うん、これ は面 白そうや。下ではセッションが始まってるが、ちょっとこの状況は見てい たい。ワタシも狭いコントロール・ブースにアニメ君と共にしばし陣取ること にする。  

 モニター・スピーカーから聞こえる英語の会話と各々の楽器の音。曲こそは 違うが、さっきまでわれわれアイ研部隊が必死でやっつけてきたのと同じリー ルとは思えない心地よさ。快適さ。自然さ。特に小川のようにサラサラと流れ るフィドル! 

 これは明らかにワシらがやっつけてきたのと同じ音楽ではない!  衝撃と感動と動揺。  

 しばらくして、階下のパブの片隅にたむろする疲れ果てた形相のアイ研戦士 たちの下へ戻る。彼らは、だら〜んとセッションを垂れ流していた。そう、ま さに垂れ流していた。たぶん、よだれも流していた(うそ)。

 いやもう、上で は凄いことになってるぞ!と実行委員隊長に報告だ。  

「あ、そう」  

 おいおい、誰もちゃんと耳を傾けてくれないぞ。こんな所でよだれ垂らして ないで、上をのぞいて来い!  

「あ、そう」  

 おいおい、誰も動かないぞ。  

 と、言ってる間に、上の連中がパブに降りてきた。そりゃあひと仕事の後は ビールやわな。そしてそのままビール片手にアイ研軍がたむろっている一角へ やってきて彼は楽器ケースを開けた。たぶんその時のアイ研軍は皆  「え〜、まだセッション続けるの〜?」 って気分だったに違いない。そして、彼がフィドルを弾き始めると、彼らも条 件反射的にだらだら〜と楽器を鳴らし始める。何曲か過ぎて、ふと気がつくと、 アイ研部隊は誰ひとり楽器を弾いていない! 各々がパットン将軍(パット氏) をうつろに見つめている。それこそ I 作君などは本当によだれを垂らしてい たかもしれない。皆聴き入ってしまっている。そして、癒されている。

 何とい う恐ろしい光景なんだあー!  パットン将軍一行が去った後、残されたわれわれアイ研軍は全員楽器を放り 出してため息ばかりついていた。  

「何なんや? 今のは?」  

「ワシらがやってたのがアイリッシュじゃないことは確かやな」  

「あんなに喉に引っかからないリールがあるのか」  

「ボウイングを真似ようと思ったけど、規則性も何も無かったぞ」  

「どうする?」  

「どうするって?」  

「ワシらこのままアイリッシュやってますって顔できるか?え?」  

「・・・・・・・」  

「無かった事にしよ」  

「え?」  

「さっきのは無かった事にするんや」  

「そうか・・・」  

「それしか助かる道はないな」  

 こうして、fieldアイルランド音楽研究会の長い1日が幕を閉じて行くので ありました。  

<洲崎一彦:Irish pub field バッテリーは古くなると充電できなくなると いうのは本当だそうです。ということは、年寄りは休むだけ時間の無駄 ?です か?>                 

*****

 

 

2003年10月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■ セッションって何が楽しいのか?

■field 洲崎一彦

■──────────────────────────────────  

 ある日、fieldアイ研部員のひとりの若者がカウンターに浮かぬ顔をして座っ た。まだ外が暗くなる前の夕方だ。降ろした荷物には彼の楽器も含まれている。 でも、今日はfieldでセッションの予定はない。ん? 今日はどうした? 彼 はしばらく考え込んでから重い口を開いた。彼の語りだした話は次のようなも のだった。  

 彼は、少し以前から、とあるお店で、月1回のペースで、アイリッシュ・セッ ションをしているのだという。彼が自分でそのお店と交渉し話をまとめた。そ してしばらくは彼の仲間達が集まってにぎやかなセッションが繰り広げられて いたという。それが、ここ最近、セッションに来る仲間がひとり減り、ふたり 減り、そして、今日になって、彼が一番信頼していた仲間が「もう、あそこの セッションに行くのをやめようと思う」と言い出した。今夜はそのお店でのセッ ション予定日当日だった。彼は方々連絡して、とりあえず頼み込んで数人の ミュージシャンを集めた。だから、今夜のセッションはなんとかかんとか成立 する。でも、それにしても、言い知れぬ寂しさに襲われている・・・・という わけだ。

「そこのお店とはどんな約束になってるのん?」

「細かい取り決めは何もしてないんですよ」

「お金は絡んでる?」

「いえ。単に店の一角でボクらがセッションさせてもらうだけです」

「何故、君はそこでセッションをしようと思ったんや?」

「楽しいと思ったから・・・」

「今は楽しくない?」

「いや、楽しいと思うんやけど、みんな来なくなったし・・」

「じゃあ、みんなは楽しくなかったんや?」

「そうでしょうね」

「君の楽しいと思うセッションと、仲間が楽しいと思うセッションは違うと いうことやな」

「違うとは思わないんですけどね」

「じゃあ、仲間が来なくなった理由は何?」

「わかりません。みんなそれぞれの事情があるんでしょう」  

 とまあ、こんな会話をした。  

 こんな会話をした後、私もしばし考えさせられた。確かに、ここfieldでも、 99年に初めてセッションを始めた頃は毎回毎回本当に大勢のミュージシャンが 集まった。2000年にパブになって、セッションが週2回のペースになった後も、 毎回20名前後のミュージシャンが集まってきた。それが、2001年頃からセッショ ンに訪れるミュージシャンがぐんぐん減り始めた。今年になって若い新しい ミュージシャンが少しづつ増えて来たが、確かにセッションに集まるミュージ シャンには大きな波がある。そう、大きな周期の波があるのだ。  

 上記の彼の悩みも、この波に翻弄されての出来事だとは思うのだが、ではこ の波の正体はいったい何なのか? 私も未だにコイツだけは明確には分からな い。でも、分からないなりにこの波に身を任せている。  

 昨年からずっと、この『クラン・コラ』誌上で、私はこのアイリッシュ・セッ ションの持つ色々な側面を観察し分析し思索しつづけて来た。不特定多数の人 前で音楽を演奏するというミュージシャンの視点に立てば、セッションは自己 満足以上、エンターテイメント未満という非常に微妙な位置にある。ある者に は格好の練習場所だろうし、またある者には適度の緊張感にさらされるほどよ い刺激的演奏空間でもある。また、セッションの場所を提供する側から見れば、 セッションという外観形式がパブの重要な風景だと見なすなら、これは店のひ とつの商品である。ただ、これは、それぞれのお店の客層によって、また時と 場合によって大きく趣が異なる。極端な場合、セッションの存在が明らかに店 の営業妨害になっている時だってある。

 結局、ひとりひとりが、セッションに何を求めているのか? 何が楽しくて セッションにやって来るのか? セッション文化とでもいうべき文化レベルの バックボーンが無いここ日本でのセッションというものの存在。この存在自体 を、セッションを主催している私自身が謎だと感じているわけだから、確かに これは無責任極まりない話だ。  

 時折、仕事で短期滞在中のアイルランド人が突然セッションにやって来て、

「まるで、ダブリンの郊外のパブにいるようだ! いや、ダブリンでもこん な楽しいセッションはやってないよ!」  

 なんて大げさな事を言って大いに楽しんでくれる時があるけれど、こんな時、 私たちはいつも「きょとん」としてしまう。  

 ますます「セッションって何が楽しくてやってるんだろう?」と頭を抱えて しまうのだ。  こんな事をボヤきながらも、また明日火曜日になれば、普通の顔してセッショ ンしてるんだろうな、と思うと、ほとほと無責任な私であります。

 <すざき・かずひこ:Irish pub field のおやじ・バッテリーは古くなると 充電できなくなるというのは本当ですか?‥‥>                 

*****

 

 

2003年9月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■ まさに胸を借りるセッション

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 これまで、私はこのコーナーにセッションというものをテーマにして色々と 駄文を書き殴って来たわけだが、今回は 「いやあ、やはりセッションというのはナマモノやなあ〜」というお話。    

 かつて、わがfieldアイ研では、イクシマぶちょーと私の間で、セッション に対する意見が微妙に食い違っていた時期があった。そのころの彼は猛烈に熱 く、「セッションは戦いだ!」と豪語した。そのあたりから私も色々と考えを 巡らせるようになり、昨年末頃に「セッションはコミュニケーションだ」と結 論して現在に至っていた。  

 だが、昨日! 私は軽い気持ちで参加すると、いとも簡単に跳ね返され、気 が付くともうこちらは挑戦的気分でいっぱい。終わってみると、関取にひょい と片手で押し出されてしまうようなセッションを経験してしまった!  

 昨日は、来日ツアー中の The Liffy Banks Trio の面々が徳島公演の帰りに field に立ち寄ってくれて、field が3階に新しく作ったスタジオでそれぞれ の楽器のレッスン会が行われた。そして、その後は階下のパブに降りて来て宴 会モードになり、いつしかセッションになだれ込んだというストーリー。  

 ハリー・ブラドリーさんが 「どーしても、今、インターネットを見な、わしの人生エライことになるん じゃ」  みたいな事を口走って割と機嫌悪そうなので、field の Mac でネットにつ なぐのだが、何故かこの日に限って調子が悪い。ハリーさんの顔を見ていると、 これは何とかせにゃ!という気になってきて、field にある全ての Mac をネットにつないだ。その内の1台がやっとつながったので、ハリーさんを狭い事務 所の一番奥に引っ張り込んでマウスを握らせる。結局彼の見たかったページの セキュリティーか何かの問題で日本からは入れないみたい〜とかなんとかで、 がっくり肩を落としながらも、ハリーさんはすっかり機嫌をなおしてセッショ ンの輪に帰って行ったので、私もほっと一息ついて 「これでやっとセッションに加われるぞ!」 と、自分の楽器を出して来て、勇んでセッションの輪の末席に加わった。  

 隅っこでちゃかちゃか合わせている分には、まあ、和気あいあいとした普通のセッション。時々知らないチューンが出て来たりするのが新鮮!といった感 じだったのだが、何やらワサワサと人が出入りしたかと思うと、わたしゃポー ル・オショネシーの真横でブズーキ抱える格好になってしまった。  

 元々、北部のフィドルが好きな私は、不勉強もあって、今回のメンバーで知っ てるのはポールさんだけだったし、知ってるも知らんも、前にアルタンの皆さ んが来た時も、ポール・オショネシーも一緒に居るもんやと信じこんでて大恥 かいたてなもんなのだ。それに、写真でしか見たことなかったポールさんの顔 は非常に怖い。失礼だけどこれホンマ。実際は笑顔の耐えない人だったので助 かったが、もし、笑顔が無かったら、泣くかもしれんほど怖い顔やで!!

 そ して、演奏中は絶対ニコリともしないこの怖い顔のままキープ体勢なのよ!!  

 いやいや、顔のせいにしてはいけませんね。せっかく真横に来たんやから、 この人のばりばりドニゴール印のフィドルを一音も聴きもらすまいと、彼の音 を必死に集中して聴く。  

 私はブズーキという一応リズム楽器だから、通常初めて入るセッションでは、 中心になるメロの人のノリをつかむまでは、なんとなく当たり障り無い少ない 音数で入って行き、少しづつさぐりながら、ガツンガツンとひっかかりを入れ て反応を確かめながら進むというような手順が多いのだが、この時ばかりは驚 いた! 

 なんとなく当たり障りのない所で〜チャラン。と、入った瞬間跳ね飛 ばされた感じ。

 「え?」って感じ。もう一度、今度は彼の足踏みを見ながら拍 を合わせて慎重に〜チャラン。あかん! 弾き飛ばされる! 

 ということは、 もう初めから一か八か全力で入って行くしか無いんですかい??    

 確かに、いかついフィドルだった。野球では同じ球速でも重い玉、軽い玉の 違いがあると言うが、ポール・オショネシーの玉はズッシリ重い。凄く対称的 なのはたぶんマーティン・ヘイズあたりかな?剛速球で三振の山を築くタイプ のマーティン流は時には大ホームランを打たれるタイプ。それに比べてポール・ オショネシーの玉は打てそうで打てない。打ててもセカンドゴロになるような 玉 。  

 彼の出す音の中には、すでに、リズム、メロディー、ハーモニーの全ての要 素がぎっしり詰まっていて、軽々しくリズムで参入しても簡単に弾かれてしま うのだ。  

 私は、珍しく挑戦的気分に陥り、「ここはひとつ、怒られてもいいから、胸 を借りるつもりで、思いっきりぶち当たってやれ」と燃えてしまった。  

 ありゃりゃ、何年か前にイクシマぶちょーが言ってた所の「戦い」ってこれ かいな?  

 そして、私は、相棒のクヌギ君とやる時以外には滅多にやらない、ベース・ ラインあたりをうろうろして相手を油断させておいてから一気に高音弦に駆け 上がる「す印ハラヒレホレハラ奏法」を突然ぶちかました。  

 そしたら、怖〜い顔のポール・オショネシーにギロリと2回睨まれたよ〜ん。 え〜ん、もうしません、もうしません〜。  

 そう。時には、やはりセッションは戦いなのだった。

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・現状〜充電とか放電とか言い訳す るのは止めて、バッテリーの故障を1から直そうと思うこの頃です‥‥>                 

*****

 

 

2003年8月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■セッションの録音

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 前回、ある若手ホイッスル奏者の話を書いたが、今回もこの彼が言い出しっ ぺ。  

「セッションを録音してCDに焼いて配れば、field では今どんな曲がポピュ ラーかがよく分かって、初めてセッションに来る人も来やすいんとちがう?」  

 へえ〜、それはなかなか良いアイデアじゃ! と、私などはこの企画に飛び ついてしまった。  じゃあ、録音するセッションの日を決めて、あらかじめみんなに案内して、 それから、やる曲もあらかじめリストアップしといて、それからそれから‥‥ とまあ、彼の頭の中はこのプランで盛り上がりまくり。  

 そしていざ、そのセッション日を迎えふたを開けてみると、結局、録音とき いて敬遠する人の方が多かったみたい。セッション参加者は私と彼以外に3名、 内1名は録音なんてまるで知らずに来てしまって慌てている。  

 録音は新しく3階に作ったスタジオの録音機材を降ろして来て、スタッフの アニメ君がマイクなんか立ててエンジニアとしてうろうろしてる。というそん な雰囲気の中でセッションが始まった。  

 若手ホイッスルの彼はちゃんとチューンをリストアップしてきていて、 「メドレーにセットを組むと、聴く時にわかりにくいでしょ?」 と、1曲1曲ぶつ切れに演奏する事を提案し、じゃあそれで行こうという事に なるのだが、その1曲1曲が終わる度に、彼はエンジニアのアニメ君にちゃん と録れたかどうかいちいち確認。場合によっては同じ曲を演奏し直したりする。

 初めは、いつものバッドな雑談も一緒に録音されて面白いかもしれんなー!  なんて言ってたのに、  「時間が無いから、さあ次、どんどんいきましょう!」 てな具合で、雑談もできない‥‥。  

 私はだんだんストレスがたまってきて、中盤で早くも  「こんなのセッションやないわい!」 と心の中で叫んでいた。  

 1曲1曲ぶつ切れのダンス・チューンではやっとノッて来そうになる頃に曲 が終わってしまうし、何よりも、大げさなマイクが立っててコンピューター画 面 には何やらよくわからない数字がもの凄い早さで動いている。そんな環境で 「今、録音してるんや」という演出効果 満点な中では何かしら固くなってノレ るものもノレない。  

 あらためて思う。凄い演奏をCDに残している人たちの偉大さ。そして、誤解 を恐れずあえて言うと、セッションの醍醐味は演奏者の無責任さというものに もあったのだな、ということ。  そうよなあ、セッションって遊びだから楽しいんよなあ〜。つくづく、そん なことを考えさせられる出来事でありました。  

 正味2時間バッチリ録られたこの時の録音は、今頃コンピューター・データ となって編集されている最中だと思う。本当にちゃんとCDになるのかどうかよ

 く分からないが、一部はWeb上で聴けるようにするなんて話も出ているらしい。 <洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・現状〜今ちょっと一瞬、停電という 感じかなあ。ニューヨークやないけど‥‥>                 

*****

 

 

2003年7月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■セッションは川のようなもの

■field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 前回は、アイリッシュ音楽に取り憑かれた20年選手、30年選手のモノノケ達 のライブがどんなに恐ろしいものであったかをリポートしたが、今回はガラリ と視点を変えて若手ミュージシャンの話題で行こう。  

 fieldアイ研に集う人たちは、アイ研という集まりがとってもゆる〜い団体 であることもあって、こういう趣味の集団によくあるようにひとりひとりのポ ジションが全然固定されない。これは、ある意味、変にまとまって、外から見 ると妙に排他的なイメージになりがちなこの手の団体のマイナスからは逃れら れるが、いかんせん、極めて脆弱な組織がその存在理由さえも危うくするモロ さが常につきまとう。  

 アイ研発足当時はまだ学生だったエネルギーあふれる若者達も、今ではそこ らここらのパブで小遣い稼ぎをするまでの中堅所となり、関西圏でもアイリッ シュ・ミュージックの演奏がちょっとした商品価値を持つに至って、アイ研の ような集団はより初心者の方々にこそ必要とされる流れにあるのだが、良き先 輩の方々には半ば無用と化したアイ研は、いったい何を求心力としていくのか?    

 という時期にひとりの若者が急激に光り輝き出したのだ。ホイッスル奏者と していつも2番手3番手の位置が指定席だった彼は、この6月に初めてアイル ランドの地に渡航し、そして帰って来た。満面 の笑顔で帰ってきた。こんなに も素直に「おもしろかった〜」「楽しかった〜」を連発する奴も珍しいという 雰囲気でfieldセッションに帰って来た。  

 この若者がにわかに光を放ち始めたのだ。素直で謙虚に音楽を楽しむ彼の雰 囲気がfieldセッションの音を少しずつ変えていく。毎回のセッションがそん な動的な流れの中に放り込まれたような感じ。折しも、京都は祇園祭の時期を 迎え、fieldは鉾町をかすめる東端に位置していることから祇園祭に完全に飲 み込まれる立地にある。  

 せっかくだから、外の祭りの雑踏に向かってセッションをしよう! 何でこ れまで思いつかなかったのかと思うのだが、fieldの上のテラスや階段を使え ば街に向かってセッションができる!  

 そうして今年は、外の階段の踊り場をライトアップして、この彼を中心に 「祇園祭宵山セッション」をぶちかました。面 白い事にセッションに参加しに やって来たのは若い人たちばかり。祭りの夜におっさん連中はどこにしけ込ん でいるのか? あるいはどっかで小遣い稼ぎにでも精を出しているのか?  

 ようやくアイ研にも新しい風が吹き始めた。人材はこのようなタイミングで ひょっこり登場するものなのだということを実感した。セッションは川のよう なものだ。渇水もするし増水もする。雨の後には泥水であふれ、いつも雪解け 水の清涼感を味わえるとは限らない。常に上流からは何が流れて来るか分から ないし、下流で堰き止められれば流れが逆流することもしばしば。  

 そして、今、fieldアイ研のセッションは、しばし淀んでいた水が、また少 しずつサラサラと流れ始めたという所か。また、ちょっと楽しくなるよ、きっ と。  

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・現状〜充電というのか放電というの か? 感電というのもあるかもしれん>

*****

 

 

2003年6月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■ 出たな! 妖怪変化!

■field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────   

 5月の合宿でひと盛り上がりしてからこっち、わがfieldアイ研はしばし の落ち着きを取り戻したというか、妙に静かというか・・・。前にもここでさ んざん愚痴ったけれど、若い奴らの気の散り方とおっさん連中の超マイペース がうまく噛み合わないと言ってしまえばそれまでか。などと、ひとりブツブツ 頭の中でボヤいている所へ、面白そうなfieldライブの話が飛び込んで来た。  

 初めは、京都在住のハーパー小野田和子さんのユニット「ノイ」でのライブ 話だったのだが、そこへ、昔から東京でアイリッシュやイングリッシュの伝承 歌を歌っていらっしゃる竹内篤氏がゲストに加わるという事になった。  

 私など歳だけ食っててもこの世界ではペーペーなので、誠に失礼ながら竹内 氏のお名前を存じ上げなかった。プロフィールを送っていただいてビックリ!! 70年代の東京渋谷「ブラックホーク」というロック喫茶の名前! 

 私にとって は、昔から折に触れ何かの本や雑誌で目にした遠い記憶をたどる「伝説」。京 都にもあったよ! ロック喫茶。「ジャムハウス」や「治外法権」や「ニコニ コ亭」!!  

 確かにあのころは、今のように音楽がブツブツにジャンル分けされていなく て、洋楽はモダンジャズでなかったら何でもロック喫茶でかかっていたよな (モダンジャズはもっとメジャーだったジャズ喫茶の独占商品だったから か?)。

 私の知っているロック喫茶のそんな雰囲気から、あくまで想像、おも いっきり想像する渋谷「ブラックホーク」は当時のヨーロッパ音楽の限られた 情報に群がる妖怪達の秘密基地だったに違いないのだ。その妖怪が地の底から 這い出してきた! 

 そんな思いでライブ当日を怠ちわびた。  

 そんな日々にも小野田さんからの次々に入るメール。当時の(20年以上昔で しょうね)関西での竹内さんの仲間である、シ・フォークの吉田さんがライブ に加わる。ハンマーダルシマの池上さんも加わる。今度はシ・フォークの原口 さんも! おまけに赤澤さんまで揃えば、これは、シ・フォーク、トリフォイ ル、ノイという関西を代表するスーパー・アイリッシュ・ユニットの合体では ないか! 

 竹内氏の妖怪ぶりに恐れ入る。これだけの人たちを集結させてしま う求心力なのだ。本当にこのライブをfieldレギュラー・ライブの「投げ銭」 システムで実施してしまっていいのだろうか?  

 そして、ライブ当日。神出鬼没の赤澤さんは残念ながら欠席。それでも7人 の大所帯ですわ。一応最低限のPA設備のあるfieldだけど、さすがにマイクが 足りないのでどうしようか? ええい! 

 マイク、スタンド共に新しく買い足 しましたよ。どの音も漏らしたくない。私は音響マンではありませんが、この 日のPAオペには命をかけました(うそ)。そして、ライブは竹内氏の無伴奏歌 からしずしずと開始されたのでした。  

 そりゃあ、このメンバーでリハが充分にやれたなんて期待してません。それ なりにアンサンブルは荒れていたかもしれん。でも、そんな事関係ないのだ!  この7人の趣味人たちこそ現代の妖怪である事に間違いないことを確信しま した。  

 居方が違う。顔つきが違う。年輪が違う。私らペーペーがCDか何かでパッと 覚えて弾き散らし、歌い散らせるのとはそもそもの次元が違う。えーカッコし ようなんて顔誰もしていないし、謙虚で控え目な素振りの中ににじみ出てしま うかのような主張。若者よ、よーく見ておけよ!  

 本場のアイリッシュ達の演奏にも接した。アイルランドの大御所と呼ばれる 人たちとセッションもした。でも、この妖怪たちの醸し出すぶ厚い雰囲気は何 や?! 

 そう、彼らはきっと20数年前から(もしかしたら30年に達するかな)、 ほとんどブリテン関係の伝承曲の情報など入って来なかった時代から手探りで ここまでやって来た妖怪なのだ。いや、絶対にそうであってほしい。これぞ、 オタクでなくて何だ?! え?  

 一説によると、今後の世界は「オタク」が蓄えて来た知識と知恵が新しい文 化を牽引し、ひいては世界規模の不況を克服する全く新しいマーケットと付加 価値売買のシステムを構築するのだという。  

 これからは、また色んな妖怪が唐突にこの地上に這い出して来るぞ。若者よ、 心せい!  というわけで、竹内さん! また是非fieldで歌ってください。お願いだか ら。

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじE今年になって充電にこだわり色々な 方法で充電を試みるが、もう! コンセントつないだ方が早いんちゃうの?と ヤケ気味のこの頃です>

*****

 

 

2003年5月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から ■

■fieldアイ研合宿報告 ■

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 前回、この欄に  

「時々興味深げにのぞきに来る若い女の子にエッチな事でも言って、気ま ずくなったら演奏を始めて誤魔化す、という格別 のセッション遊びに興じる ことにしよう」  

 などと書いたせいか、ここんとこ、女の子がセッションをのぞきに来なく なったぞ!!  

 「そりゃ、オッサン自意識過剰やろ?」 と突っ込む向きもあろうが、いやホンマ。ホンマの話。  

 さて、私たちfieldアイ研は毎年5月の連休に琵琶湖畔で合宿を行ってい るのだが、今年は女子参加者の激減という緊急事戴に陥ったのだった。約20 名の参加者の内pubスタッフを除けば、女子の参加が4名!! これはナイ で!   

 いくらボヤいてみても、この数字こそがアイ研中核を担うわれわれオッサ ンの男性としての実力だというわけか? 魅力的な男性の居ない世界に女性 が寄って来る理屈はない。これぞ万国共通の理論。  

 「アイリッシュ・ミュージック愛好」の錦の御旗も、その実下品なオッサ ン集団である事がバレてしまうとムシロ旗より始末の悪いただの「嫌み」に なるんです(?)。     

 とはいえ、合宿はタノシでありました。毎年この滋賀県琵琶湖畔近江舞子 浜では、5月連休に合わせて「虹の市」というビーチを覆い尽くすフリーマー ケットの大イベントが開催される。そして、われわれもこれに合わせてビー チ最前線の民宿コムラを貸し切りにして軒下に簡単な野外ステージを設置す るのだ。  

 今年は天候に恵まれ、炎天下のビーチに向かって、色々な組み合わせのユ ニットで演奏しまくった。いつもは、夜のパブでアルコールと煙草の煙にま みれた環境でしか見ない面々の太陽光線にさらされて苦しそうな事! この 人たちは紫外線にあたるとすっかり消毒されて蒸発してしまうのではないか? と思わせる顔色の悪さ。非日常の中の不釣り合いという二重のひねりがなか なかオイシイ。    

 翌朝は、今年から設置した合宿実行委員長(永野海人氏)が鬼軍曹と化し て、夜通 し飲んでた人も朝までセッションしてた人もお構いなく、容赦なく 叩き起こしてまわり、全員ビーチの水際まで出てラジオ体操。二日酔いで嗚 咽しながらのこの拷問的光景は、まわりでフリマの準備をしていた人々にど のように見えただろうか一抹の不安を感じるものであった。  

 完全に寝ぼけ眼のK入道が、ポツリとひとりで 「す〜ばらしい、朝が〜来た〜〜」 と低くうなりながら、イーリアン・パイプを鳴らしている。  一見して変。おかしい。完全に紫外線ハイ状態。  

 こうして、アイリッシュ・ミュージックとサンサンたる太陽の出会いは、 かくも恐ろしげな摩擦を起こしながらも徐々にお互いの歩み寄りを見せ、最 終ステージとなる午後からの全員セッションでは、怒濤のダンスチューン・ エンドレス・セットがこの琵琶湖畔に鳴り渡った。

 フリマのお客さん達も足を止め、家族連れは子供が私たちのステージの前 から動こうとしない。犬もどこからかやってくるし、一気に(一瞬だったけ れど)私たちはビーチの人気者と相成った!  

 太陽の力はこのようにもの凄かったのだ。酒も煙草もエッチな話も無く、 若いお姉ちゃんの力も借りずに、ワシらオッサンもつい演奏に興じてしまっ たぞ。  

 また、今回は遠く北九州から参加してくださったG夫妻。東京から参加し ていただいたNさん。新入部員のMさん。普段普通 に顔合わせている人ばか りが内々で、という雰囲気でもなかった中で、確かにアイリッシュ・ミュー ジックを肴に皆一体となってコミュニケーションしていた。気がつけば自然 にそうなっていた。  

 つまり、今年のアイ研合宿はあらゆる意味で 「1泊2日の大セッション」だったということが言えるのではないかな。 (前回はおもいっきりボヤいたので、今回はちょっと自画自賛方向でまとめ てしまいました。ごめんなさい)

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・太陽光充電を試みたが、紫外線消  毒効果 により顔面蒼白、脱水症状一歩手前に陥る>

*****

 

 

2003年4月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■あえてシビアな現状分析(というか愚痴です)

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 前回、この欄に「花見の時期はセッションに来るミュージシャンが少なく なる」と書いたが、今年もまたこの法則が当てはまってしまった。でも今年 は一概に花見の影響だけとは言い難い雰囲気があった。よく考えてみると、 この時期は学生達の中には卒業して行くのもいるし、社会人は移動の時期で もある。人々の環境ががらりと変わる時節なのである。fieldアイ研的に言 えば、仕事の都合でこれまでどうり活動を続けることができなくなった人た ちがけっこう出てきた。それと、最近特に若い層からしばしば聞かされる気 になる台詞がある。

「最近、アイリッシュ離れしてまして・・・」

「このごろ、違うジャンルにはまってしまって・・・」  

 これ、ホントに多いのだ。私のまわりでこんなにも一斉にアイリッシュ離 れが進むというのはいったいどういう事か? やはり、アイリッシュ・ミュー ジックは一過性の流行だったのが、ここへ来て一気に崩落し始めたのか。も しくは、深読みをすれば、アイリッシュ・パブのおやじである私へのアピー ルとしては、この台詞が、「fieldに足を運ばない公然とした理由」になる ためか(ちょっとイジケ入ってます)。  

 とにかく、ひとつの観察として、確かに今は新しい演奏者がガンガン出て くるといった一昨年のような状況ではないことは言える。これは、あえて反 論があることを期待して書くのだが、

「近畿圏でのアイリッシュ・ミュージック熱が急速に冷め始めているのでは ないか!?」

 と思ったりもする。  

 若者が続いて出てきてくれないと、われわれオッサンは実に寂しい老後を 送ることになるぞ。かろうじて今頑張っている少数の若者もそのうちオッサ ンになるから、本当は彼らもこの危機感を共有するべきなのだが・・・  

 といいつつ、この2〜3年、少なくとも京都のアイリッシュ・ミュージッ ク熱を盛り上げて来たのは、若い学生達のパワーだった。私たちfieldセッ ションも彼らのパワーに負うところが大きかったのは事実だ。ただ、善し悪 しは別 として、一端熱せられた彼ら若者は一気に「音楽の虫」状態になる。 セッションであれ、ライブであれ、ストリートであれ、ただひたすら最大限 に楽器を演奏するマシーンと化する。パブのセッションでギネスどころか水 すら飲まずに私語も発せず軽く2時間演奏し続ける怪獣達である。  

 昨年私は、このコーナーで「アイリッシュ・セッションとは何ぞや?」と いう壮大なテーマを掲げて拙文を書き連ねていたわけだが、それで得られた ひとつの結論が 「アイリッシュ・セッションは音楽を道具に使った人と人とのコミュニケー ションではあるまいか?」 という仮説だった。そしてこれは、音楽の質や形式というものを越えた極め て「人間の文化」的なるものなのだ。  

 ここで、ひとつの暴言をお許し願いたい。

「ギネスも飲まずに、一心不乱に楽器演奏だけにのめりこむ<音楽の虫>に、 この<文化>が体現できるわけなかろう!」  

 セッションこそ「パブ遊び」のコアであり、このコアを形成する「人間の 文化」が生み育てた民衆の音楽こそが、私たちが憧れたアイリッシュ・ミュー ジックの姿ではなかったか? 「音楽性」も無用ではないが、既成の音楽に はない「人間の文化」の香りに惹かれてこの世界にさまよい込んだのではな かったか?  

 マニアックな音楽情報や音楽理論を語るより先に傍らのスプーンを叩いて 足踏み鳴らせてしまったから、未だにここに居るのではなないのか? 

 そりゃ あ私たち日本人がどれほどのアイリッシュ・ミュージックを演奏し得るのか、 そんなナンセンスは百も承知なのだ。しかし、この「人間の文化」の香りに 見果 てぬ夢を見て

「わしゃあ、パブまで作ってしもたんやないの!」  

 とまあ、吠えに吠えてしまったら、何やらスッとした。ここはひとつ気分 を取り直して、残されたワシらおっさんは、今年もまたネチネチとギネスを やりながら、時々興味深げにのぞきに来る若い女の子にエッチな事でも言っ て、気まずくなったら演奏を始めて誤魔化す、という格別 のセッション遊び に興じることにしよう。  

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・この頃漏電しっぱなし。放電する には体力不足ですか?>                 

*****

 

 

2003年3月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■お花見シーズンとセッション

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 そういえば花見の季節ですね。昨年は確か桜が異様に早くて、3月中旬に はもうあちらこちらでもう咲いていたのを思い出しますが、今年はまだまだ 寒いです。実は私はあまり花見というものに今まで縁がなかったので、ジッ サイの花見というのをよく知らないのですが、どうなんですか? サクラと アイリッシュ・ミュージックは果たして相性が良いのか悪いのか? 

 さて、花見のシーズンといえば、関係があるかないかは不明なのだけれど、 昨年はセッション・メンバーがガクッと減少したものでした。みんな花見に 行っちゃうのかなあ?などと言ってたのを思い出します。fieldセッション によく来てくれる大学生系の連中(意味不明か?)はみんな野外演奏が大好 きな連中なので花見で楽器鳴らして来るなんてのはエエんでしょうな。  

 不思議なモノで、この季節にはセッションを聴きに来るお客さんも、この 雰囲気に合わせたように、昨年はガクッと減りました。だから、楽しみに来 てくれたお客さんがいるのに、まともなセッションができないという困った 事態はあまり起こらないで済むというわけです。それでも、この季節ならで わのお客さんというのもやって来ます。

 花見帰りのお客さんなんかが立ち寄っ てくれた時は、もうすでにいい調子で出来上がってるし、どんちゃん騒ぎの 花見の現場から直行!のノリが手伝うんでしょうね。たいてい、セッション やってる所までのぞきにに来て何か言いますね。

 だいたいがすっとんきょう なリクエストだったりするのですが、前に割と詳しいのかな?と思わせるオッ サンが真っ赤な顔でフラフラやってきて 「フォギー・デューはもっと勇ましく演奏しないかん!」 と言って、自ら足を踏みならして「指導」してくれました。これはなかなか ナイスな光景でした。

 でも、本当の花見の現場でセッションなんかしてたら、 こういう感じのオッサン部隊波状攻撃なんかを食らうんやろうな、と思うと 楽器担いで花見に行く勇気はちょっと萎えてしまいますね。ほろ酔いの綺麗 どころが乱入なんて絶対考えられませんものね。何故でしょうね? アイリッ シュ・セッションにソッチ系の色目お姐さんというイメージって全然湧きま せんよね。音楽にはお酒はつきものですが、本当はソッチ系も是非欲しいセッ ティングですね。これが無いと野郎共は全然頑張ろうとしませんからね。

 あ まりこういう場所には書きにくいんですが、セッションの場でもそういう要 素は大きいですよ。何で今日はこんなに皆張り切ってるの?とかね。いいメ ンバーがそろったのに何でこんなにダルいの?とかね。それを考えると女の 子たちは感心です。色男なんてひとりもいないようなセッションでたまたま ややこしそうなオッサン連中に囲まれてしまった子羊ちゃん達はそんなこと 関係なくいつもちゃんとしっかりいい演奏をしてくれます。凄い事です。  

 あ、ちょっと話がそれてしまいました。そうですね。お花見の季節はセッ ション・メンバーが何故か減るのだ、という話でしたね。本当にみんな花見 に行ってしまってセッションにやってくるパワーが無い!というのであれば、 こっちから出かけたら一挙解決ですか?  

 この所、一部から「有名無実だ!」という内部告発されている、fieldア イ研も今年はちょっと建て直しをしなきゃアカンな〜なんて思っているので すが、いっそ、このさい、「fieldアイ研、花見セッション」とか開催して しまいましょうか?   

 fieldアイ研といえば、コレ、色々な誤解もあるようですね。fieldアイ研 に入らなければfieldセッションには参加できない、とか・・。ウソですね これは。fieldセッションは誰でも参加できます。極論すれば、楽器を弾か なくても参加できますね。  

 じゃあ、fieldアイ研ってどんな活動をしているのですか?こんな事を正 面から質問してくる人は今まであまりいなかったのですよ。それが、つい先 日のこと。とあるお稽古ごと関係の雑誌の取材がおいでになりまして、てっ きり店の取材かと思っていたら・・・・、「fieldアイルランド音楽研究会」 の取材だったんでビックリ!! 

恥ずかしかったですよジッサイ。

*インタビュー1「それで〜、会費などはあるんですか?」

「はい、あります」

「どのぐらいのものなんですか?」

「え? 会費の額ですか?」

「ええ、もし、差し支えなければ・・・」

「1日1円です」

「・・・・・」

「今なら、特別に1年分一括払いができます」

「・・・・・」

*インタビュー2 「こちらが、ぶちょーさんです」

「え?」

「はい、ワタクシがfieldアイ研ぶちょーの○×です」

「あのう〜、研究会というお名前ですよね?」

「そうです」

「では、部長ではなく会長さんじゃあないんですか?」

「・・・・・」(今まで誰も気づいてなかった!)

*インタビュー3 「それでは、この研究会の主な活動内容を教えていただけますか?」

「・・・・・」

「・・・・・」

おわり

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・ちょっと充電しようとしたけど漏 電してますね。放電ならまだカッコつくんですが>

*****

 

 

2003年2月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■○×としてのワタクシ

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 むむむ、唸っております。今年に入ってからfieldセッションにやってく るミュージシャンがグッと減っていることに気が付いた。というか、ここ最 近では02/11火曜日建国記念日に店をお休みにしたこともあって、また、そ のすぐ前の土曜日がライブだったこともあって、fieldでセッションが10日 間まったく行われないという事態が発生したのだ(現在、fieldでは毎週火 曜日とライブの無い土曜日がセッション日)。昨年まで週3回セッションし てていた事実を思うにつれ、これは一種の事件だったかもしれない。  

 昨年末で木曜日のセッションが終了したこともあって、これまで週3回に 分散しがちだったミュージシャンが、どのような組み合わせで残された火曜 日と土曜日に落ち着いてゆくのか? また、それによってfieldセッション は次の時代に入るだろうという予感があったし、楽しみにもしていた・・・ のに。

 先月ここにあんなこと書かなければよかった(注:「私スザキと一緒 に遊んでやろうという気持ちがない人はfieldセッションでは楽しむことが できない」という、つい勢いで書いてしまった一節)。

 やっぱり、セッショ ン・ミュージシャンというのは普通の多くのパブのように契約して雇わなく てはセッションの継続維持はできないのだろうか? でも、fieldでそんな ことをしたら、私スザキと一緒に演奏してくれる人をお金で雇う、という景 色になってしまって、

「それって・・・、ワタシって何なの?」って言う事 になりますまいか?!  

 つまり、fieldの事情で考えれば、ミュージシャンが集まらないという事 態は、とりもなおさず、ミュージシャンとしてのワタクシ(スザキ)と一緒 に演奏したいと思う人が居ないという事ではありませんか! あらら・・・。 つまりは、ミュージシャンとしてのワタクシに魅力が無いと、fieldのセッ ションは成り立たないという事なのか?! がーん!(「巨人の星」風で古 くてすいません)  

 これは、たいへんな事に気がついてしまった。折りもおり、fieldでの山 口さん(fiddle)のシリーズ・ライブの2月のゲスト・ミュージシャンとし て私スザキが出演することになった。fieldのシリーズ・ライブのゲストに fieldの店主が出演するのだから、ミュージシャンとしてのワタクシの魅力 度をはかるにはそのものズバリの機会である。どんなお客さんが来てくれる のか?わくわくどきどきもんで当日を迎えた。  

 結果は・・・・、ミュージシャンとしてのワタクシが出演するという理由 で来てくれた人(たぶん)、1名・・・。ひとり! それも、レギュラー・ ユニット「Old field」の相棒であるクヌギくん・・ただ1人。がーん!がー ん!がーん!  

 そんな、クヌギくんには感謝、感謝ではあるが・・・、そーかー・・・ひ とり・・かあ・・。これはもしかして、ミュージシャンとしてのワタクシを 通り越して、パブの店主としてのワタクシもちょっと危ないのではありませ んか? 客商売でっせ? ニンゲンとしてのワタクシの魅力が相当疑わしい ではありませんか!?  

 はい。ネガティヴです。思いっきりネガティヴです、今のワタクシ。

 前回 ここに、勢い余って  「fieldという店は客を選ぶのである」 という意味の事を堂々と書いたてしまったが、本当は、お店ってお客様に選 ばれる立場ですよね? お客様は神様でなくてはいけねいんですよね? 悶々・・。  

 と、思いっきりネガティブな気持ちのまま、その10日ぶりのセッションに 臨んだワタクシでした。以下、実況中継。  

「スザキさん、今日はいやに静かですね」と山口さん。  

「え? そうですか? そんなことないですよ・・・」  

「いや、やっぱり少し元気がないみたいですよ」  

「まあ、fieldもお客様商売ですからね。私も今年から少し心を入れ替え ようと思って・・」  

「何ですかそれ?」  

「やはり、店主としての品格も意識しないとね・・・」  

「新しいギャグですか?」  

「いえいえ、こういうセッションの場であまり下品な事は言わない方 が・・・」  

 15秒ほどの沈黙の末、けたたましく笑い出したのが、久しぶりにセッショ ンにやってきた、コンサーティーナの秋山彩 ちゃん。  

「あっはっはっはっは! それじゃあスザキさんじゃないみたいですよ!」  

全員爆笑。  

だめだ、こりゃ。

<洲崎一彦:Irish pub field のおやじ・ワタクシも充電が必要になってき たかもしれません。>

*****

 

 

2003年1月

■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ field どたばたセッションの現場から

■セッションとは何ぞや? 2002年の総括

■ field 洲崎一彦

■─────────────────────────────────  

 今月新年号のテーマは、「2002年のアイリッシュ・ミュージックベスト体 験」という事なのだが、前回の私の原稿がほぼ同様趣旨の内容だったので、 今回は昨年のこの連載でずっと通してテーマにしてきた「セッションとは何 ぞや? 2002年の総括」というのをやってみたいと思う。  

 ずっと読んで頂いている読者の方は、昨年の2月頃にこの連載に登場した 「T君達のセッション」というのを記憶されていると思う。「T君達のセッ ション」は昨年初頭に始まり2002年いっぱいを持って終了した。

 終了した理 由はこのセッションの重要なキイマンだった人間が大阪に引っ越してしまい、 毎週のセッションに通うのがキツくなったからで、これはどうしようもない 理由だったのだが、この1年間の「T君達のセッション」は色々な発見をも たらしてくれたのも確かなのだ。

 結局、このセッションは当初彼らが思い描いていた通りのビジョンを達成 できたのか?と言えば、恐らく本人達も 「ちょっと思惑がはずれた」 と言うかもしれない。だが、このセッションは現在京阪神で一番元気なアイ リッシュ・バンドを直接的に生み出したし、従来のfieldセッションには無 かった雰囲気をもたらしてくれた。  

 ただ、field全体のセッション状況を考えると、「週に3回のセッション」 が影響する弊害と思える事態もないではなかった。fieldのセッションはこ の「T君達のセッション」を含めて全てが基本的に誰でも参加できるオープ ン・セッションである。また、あらかじめどんなミュージシャンが来るのか が事前には分からない。

 しいて言えば「T君達のセッション」では最低でも T君達が必ず来ている。ミュージシャンにも色々な性格の人間がいるわけで、 「さあ、どちらに行く?」ということになればなったで確実に色分けができ てしまう。

 つまり、無尽蔵に存在するわけではないセッション・ミュージシャ ンが週3回のセッションにそれぞれ散ってしまうので、結果 的にそれぞれの セッションの密度が薄くなり、それだけセッションの醍醐味である「フタを 開けてみないと分からない意外性」が乏しくなる傾向を生んでしまったのだ。  

 このような状況下で突然「T君達のセッション」が終了した。さて、この 事が他のセッション日にまたどのような影響を及ぼすのかは今のところまっ たく見当がつかない。でも、fieldのレギュラー・セッションはこれを機に 確実にリニューアルされるだろうし、また、そうあらねばならないと思って いる。  

 昨年はまた、外国からお越しの色々なミュージシャンや、「セッションは 音楽技術を後退させる」というとある若い衆の爆弾発言などもあって、セッ ションそのものを深く考えさせられる機会が多かった。

 そして12月も押し詰 まった頃に、ダーヴィッシュの面々をセッションに迎えて色々な事を気づか されて得た私なりの結論が  「セッションは音楽を道具に人間交流をする場である」 というものだ。ただし、この人間交流の道具が音楽であるという所が非常に 微妙なのだ。

 昨年もこの連載で書いた  「音楽は時と場合によっては暴力にもなる」 という側面 。そういう飛び道具をパブというオープンな空間でぶっ放しなが ら人間交流をはかる!!   

 これはやっぱりもの凄い文化だろう。決して技術じゃない、あくまで文化 だ。そして、この日本にはそのような文化土壌は皆無に等しい。世界中の多 くのパブが、パブ空間を成立させる小道具としてミュージシャンを雇ってセッ ションを演出する、というスタイルを採用するのも当然といえば当然の方法 論だと言えよう。  

 ただ、fieldは「パブを成立させるための」パブではない。元あったカフェ で私自身がアイリッシュ・セッションを楽しむ為に「パブ」に変身させたパ ブなのだ。つまり初めから「パブを成立させるための」セッションという考 え方の全く180度逆の発想、すなわち「セッションを成立させるための」パ ブという立場しか持っていない。  

 セッションというものがもし私の仮説どうり「音楽を道具に人間交流をす る場である」としたならば、fieldセッションとはいかなるものであるべき なのか? この時点で、すでに答えは明白になる。  

 fieldセッションは、私スザキが人間交流、つまり、音楽を道具に私が皆 さんと一緒に遊んでいただく場所なのだ。この発想は謙虚でもあり乱暴でも ある。なぜなら、私スザキと一緒に遊んでやろうという気持ちがない人は fieldセッションでは楽しむことができないという事を宣言しているのだか ら。  

「何だ? fieldという店は客を選ぶのか?」 という苦言が聞こえて来そうだが、そのとおり、選ぶのである。  

 それが、私がパブを作った目的なのだから。

<洲崎一彦:pubの3周年式典を、坊主を呼んで「仏式」で執り行った  Irish Pub field のおやじ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/minpochi/ >

*****

 

 

 

 

 fieldアイルランド音楽研究会HOMEに戻る

 field HOMEに戻る