2002年12月10日、fieldにダーヴィッシュがやって来た!

 ダーヴィッシュの関西公演が京都に決まった。それも会場が磔磔だと聞いた時からワシの緊張は始まっていたのだ。ダーヴィッシュは98年の暮れに初めてワシがブズーキを手にした時に最初に耳コピしたバンドなのだ。チューニングが半音高いなど全然知らずに四苦八苦した思い出のCDこそ、ダーヴィッシュの「ライブインパルマ」だった。そういう思い入れもあり、アコースティックユニット最高のアンサンブル!!と個人的に絶賛していたダービッシュが磔磔で観られるだけでも大興奮なのだ。その上、今回は事もあろうにこのライブの夜9時よりfieldに貸し切りの予約が入った。予約のお客様はダーヴィッシュの招聘元のプランクトン様ご一行。これは何を意味するのか??間違いないよね?間違いないよね?と、ワシはまわりの人間に涙目で意見を求めてまわった。そして、12月10日がやってきたのだ。

 ワシは店を放ったらかして磔磔に駆けつけた。ワシの磔磔での指定席は桟敷席のまわりと決まっている。そしてライブが始まった。スローなフルートからじわ〜っと始まった演奏はあっという間にノリノリのダンスチューンに様変わりして、真ん中に陣取る思っていたよりも鋭い表情をしたキャシ・ジョーダンが肩を左右に揺すりながらボーンズを軽快に打ち鳴らす。そして待ちに待ったヴォーカル。

 ん?CDで聴いてたのとちょっと雰囲気が違うな。CDよりもっと鋭角的な独特の声!!この倍音の多い感じ、どっかで聴いたことのある歌声・・・。あ!この声はユーミンじゃあないか!確かにモンゴルのホーミーなど倍音を多く含む音楽はCDには「そのまま」記録できないという話を聴いたことがある。ユーミンも荒井由美時代のLPレコードでは今より格段に個性的な声をしているぞ!! キャシ・ジョーダンの歌は生でしか味わえない倍音ヴォイスだったのだあ!! ダーヴィッシュは大至急CDリリースをやめてLPレコードをリリースするべきだ!!

 第1ステージ 興奮も覚めやらぬまま第2ステージが始まった。ギターのシェイマスがひとりで登場してボトルネックを指にはめ、突然ブルージーなギターとともにブルースを歌い出した!! あっけに取られながらも、これは新鮮な演出。ボトルネック奏法の相当な腕前を見ると、この兄ちゃんがアイリッシュ一辺倒のマニアさんではない広い音楽視野を持ったミュージシャンであることがうかがえるじゃあないか。確か、シェイマスはダーヴィッシュの一番新米メンバーだったと思うが、このバンドがこういう質のミュージシャンを必要としたことが、その後のステージでありありと感じ取れたのだ。

 第2ステージで繰り広げられたダンスチューンはそれはそれは凄まじいグルーヴの嵐だった。クヌギをして「マイケル・シェンカーのようだ」と言わしめたマイケル・ホルムズのブズーキはヘヴィメタルのパワーコード奏法のようなリフを叩き出し、シェイマスのどうなってるんや?そのギター?と言いたくなるような低音弦増強ギターで完璧にベースギターの領域をカヴァーし、ブライアンのマンドラは凄いキレのカッティングを見せる。マイケル・ホルムズがマイケル・シェンカーだとしたら、ブライアンはさしずめナイル・ロジャースか!? そしてそこに絶大な視覚的効果 をもたらすキャシ・ジョーダンの身体の揺れ!!彼女はバウロンを叩く時も左手に持ったバウロンを脇で固定せず左腕を中に浮かせて左右に揺れるのでバウロンも大きくスウィングするのだ。彼女の動きを見ているとこちらも身体が動いてしまう。そして、このリズムセクションが完全に横ノリであることに気づかされるのだ!!

 アイリッシュ・チューンはアイリッシュ・ダンスの動きのイメージが大きいから、これはもう完全に「縦ノリ」だと思っていたワシの思いこみが完全に崩壊した!!昔からユーロビートと来れば縦ノリだったじゃないか!こんな、変な横ノリがあっていいのか?なんて理屈を言っても始まらない。彼らのグルーヴでワシらは一緒に横に揺れていたのだから・・・・・これだったら、このままソウルトレインに出ていても不自然じゃない・・・。そして、まるで指揮者のようにキャシの腕の振りに合わせてトントンとアレンジが切り替わり、さらに新しいグルーヴが展開していくめくるめくダンスミュージックの応酬なのだ。

 そんなこんな、発見と驚きと興奮の内にアンコールまで一気に上り詰めて、ダーヴィッシュのライブは終演した。こんなライブここしばらく観たことないぞ。アイリッシュ・ファンならずとも音楽好きなら必見とも言えるライブじゃあないか!

 興奮覚めやらぬワシに誰か話しかけてくる。え?え?え?とうろたえていると、声の主はプランクトンの川島さんだった。「誰か、fieldまでの道案内をしてくれる人をお願いできないかしら?」。え?え?え? そうなの? そうなの? 「ハイ!じゃあこの男をお使いください」と、これまたさっきまで客席の真ん前に出ていって猿踊りをしていたクヌギの背中を押して差し出した。

 そういうことなら、さっさと店に帰って受け入れ態勢を整えなきゃあ!!ワシはそそくさと、磔磔を後にして約4分後にはfieldに帰り着いていた。よっしゃあ!各自持ち場につけえ!敵は30分以内に押し寄せるぞ!! 玄関にも1人張り付けえ! セッション席側のフロアをロープで仕切れえ! と指令を飛ばしつつも、さっきのステージの興奮と今から生身の彼らを迎えるその空気のギャップに身体がついてこない妙な感じのまま、玄関前に待機した。


 と、うろうろしている内に、クヌギがダーヴィッシュの皆さんを先導してやってきた。まずは、ご一行様セッション席にごあんなーい。

 う!人数が多いぞ。皆一度座ってくれ!!と思いながらも、ワシはブズーキのマイケル、マンドラのブライアンと何かしゃべりたくてウズウズしてしまう。ちょうど近くに立っていたブライアンが展示販売しているコサカ・ブズーキに興味を示したので、ちょっと話しかけようとした時に、「じゃあみんな飲み物を注文して!」という声がきこえて、「あ、注文をきくのはワシの仕事やった」と我に返り、皆の注文をきいてまわる。誰もギネスを注文しない所が渋いね。「日本のビールをくれ」って所が旅慣れた感じがするやないですか。

 そこで、ワシはこの日の為に準備しておいた小振りのバウロンを出して、壁に掛けてあるかつての「アルタンのサイン・バウロン」「ドーナル&アンディのサイン・バウロン」を指さして、みなさんもあんな風なスペシャルなバウロンを作ってくれ!と懇願した。

 すると、リアムがカバンから何か紙状のものを出してキャシに渡している。キャシはそれを渡したバウロンにあてがってゴシゴシこすり始めた。どうもそれはダーヴィッシュのロゴを転写 するもののようだ。キャシはず〜っとそれを神経質にこすり続けている。この間に、シェイマスやシーンは楽器ケースを開けて自分の楽器を取り出していた。すると次々にそれぞれ楽器を準備している。や!や!や! クヌギも慌てて奥の部屋に置いてある自分のフィドルを誰かに取りに行かせたが、その間にもう彼らのセッションが始まってしまった。ワシも棚にかかっていた見本品のヤイリブズーキを素早く取ってセッションに入ろうとしたが!! あああ!チューニングが違う!半音高い!「まさに。ライブインパルマと同じじゃ!」という感動的衝撃!! マイケルがこっちを向いて指を上に上げるジャスチャーをする。チューニングを上げろと言うことか!おお!ワシはまさにあの時このおっさんのブズーキをコピーしようとしたのだ。その本人がワシの方を向いて、チューニングを上げろとジェスチャーしているぞ!もう、泣きそうや!

 ダービッシュの面々がセッションを始めたので、カウンター前ですでに勝手に音を出していたハタオ君たちがぞろぞろっとセッション席に押し寄せてきた。みどり姐さんなんか地べたに座り込んでしまった。だが、そこで「半音違いのチューニング」にとまどう一同。弦楽器はともかくフルートとかはどうしようもないもんね。まあでも、この苦労こそが彼らとセッションする象徴的儀式のようにワシはむしろ喜ばしく受け止めていたのだが、実は彼らの方が「それならば」と率先してチューニングを下げてくれたのだ。そうすると今度はアコーディオンのシーンとフルートのリアムはセッションに入る事ができなくなるのに!だ。

 いやはや畏れ多い事じゃ。しかし、そうなればなったでちょっと気を遣うぞ、と思っていると、誰かがリアムにノーマルチューンのフルートを手渡していた。また、イクシマぶちょーが気を利かせてfieldの超ポンコツB/Cボタンアコをシーンの所へ持って来たが、B/Cでは対応しにくかったのか、または、Cのボタンが戻らないこのポンコツアコでは話にならなかったのか、結局、彼はその後のセッションには加わらなかった。あ〜あ、残念。

 

 

 

 そうして、凄い人数のガンガン・セッションが始まった。気が付くとキャシもそれまで足置きにしていたジュラルミン・ケースからバウロンを取り出して叩いている。もの凄いエネルギーのセッションが続く。凄い、凄い。ワシも大興奮して、トムの横でブズーキをかき鳴らす。真横なのでトムの音がよく聞こえて楽しい。彼のフィドルは派手ではないが、すごいドライブのかかったリズムを出している。

 はじめはマイケルのブズーキやブライアンのマンドラと音がぶつからないように、と気もつけていたが、途中からそんなことも言ってられなくなる。トムのフィドル!すごくイイ! 

 それにしても一気に白熱。ブライアンはマンドラの弦を2度も切っていた。

  

 さあて、小休止というタイミングになった時、突如、キャシが歌い出した! ジーン! マイケル、シェイマス、ブライアンが控えめに伴奏を付けてくる。ぬ わんと!贅沢な空間じゃ! ひたる、ひたる。じわ〜っとひたってしまうがな・・・。そして、またダンスチューン。

 そんな合間に、用意しておいた、fieldアイ研名誉部員バッジをメンバーみんなに手渡した。141番キャシ・ジョーダン、142番リアム・ケリー、143番シーン・ミッチェル、144番マイケル・ホルムズ、145番ブライアン・マクドノ、146番トム・モロウ、147番シェイマス・オダウド、「これはいいアイデアだ!」とみんなその場で胸につけてくれたのは嬉しかった。こんな遊びが通 じたんや! ちなみに、皆さん今でも持っているかどうか分からないけれど、21番マレード・ニ・ウィニー、105番ドーナル・ラニー、106番アンディ・アーバインである。(番号はアイ研バッジの通 しナンバーです。小さくて分かりにくいけれど、下の写真でキャシの胸元に青っぽく見えるのがそのバッジです)

 そんな何回目かの小休止の時、キャシがまた何か歌い出しそうな雰囲気になったので、クヌギと目が合ったワシは持っていたブズーキを彼に手渡した。彼はすかさず「モリー&ジョニー」の前奏を弾き始めた。この曲はかつてクヌギと苦労して演奏した特別 の思い入れのある曲だ。

 すると、しばしの間「え?」という表情をしたキャシがこの歌を歌い出したのだ。クヌギも歌に入ってからの伴奏は覚えていない、と、ワシにブズーキを押しつけて来たが、ワシもうろ覚えじゃ。しまった!復習しておくべきやったあ!と後悔しきり。でも、そのままシェイマスがギターで伴奏してくれたので、彼女も難なく歌を続けてくれた。

 目の前で。あの歌を。ワシはもう感動を通り越して笑いが出てきた。まわりから見るとキャシがしっとりと歌っている目の前で笑っているワシは非常に不遜な態度に見えたと思う。でもね。本当に嬉しいと笑いが出てくるんですよ。自分でもびっくりしたけど・・・・・。

 

 今度は、キャシが、「誰か日本の歌を歌ってちょうだい」と言い出した。初めは皆でできるようにと「花」で何とか丸く収まったのだが、もっともっとと言う彼らのリクエストに一同皆一抹の不安がよぎった。ああ!この人がこういう時に黙っているわけないよな・・・。イクシマぶちょーがギターを抱えてスクッと立ち上がったのでありました。出てきた歌は?・・・・・ソウルフラワーの「満月の夕べ」だった。うう・・・。みんな、こらえてくれ・・・・。と、祈るような気持ちだったが、皆さんお顔がほほえんでいたので、ちょっとホッとした。緊張の一瞬でありました。

 そろそろ、座もお開きの感じになってきたころ、例のバウロンを拾い上げると、あ、まだみんなサイン書いてくれてな〜い。で、急いでメンバーのサインを集めるがマイケルはもうすでにひとりでお帰りになっていた。ああ、残ねーん!トホホな顔をしていると、エンジニアのジョンさんが見て取って、代わりに俺がヤツの名前を書いておいてやるよ、と、このバウロンにマイケルの名前を書いてスペシャル・バウロンを完成させてくれた。

 実は、このサイン、後日、非常に思い出深いサインとなるのだが、この時はそんな事になるなんて誰も知る由もなかった。

 最後に、ワシはキャシと2ショットで記念写真を撮ったはずだったのだが、まわりにいたメンバーも集まってきて、大記念写 真風になったのでした。

 本当に、ものすごいセッションを経験した。緊張と、興奮と、歓喜は同時に起こると笑いが出てしまう!ワシャこんなん初めて経験したぞ。関わってくれた皆さん、本当にありがとう。プランクトンの川島さん、トリニティーの吉田さん、fieldアイ研のみんな、もちろんダーヴィッシュの皆さん、本当に素晴らしいひとときをありがとう。

 そして、それから2週間ほどたったある日、その知らせはアンディー・アーバイン氏から、fieldアイ研のとあるメンバーの所に来たメールによって私たちの知る所となった。この日のエンジニアのジョンさんが、クリスマスの朝に事故で亡くなったという・・・。この楽しいひとときを共に過ごし、マイケル本人に成り代わってお茶目にバウロンにマイケルの名前をサインしてくれた、彼である・・。fieldアイ研一同、ご冥福をお祈りいたします。  

 

field スザキ

 

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